梅干しの歴史と起源:いつから食べられている?日本以外にもあるの?

7月

「梅干し」という日本の伝統的な食品は、長い間保存食として重宝されてきました。

この記事では、梅干しの歴史がいつから始まったのか、そしてこの食品が日本国外でも食べられているのかについて、その起源と発展を詳しく掘り下げています。

 

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梅干しとは

梅干しとは、梅の実を塩漬けにして天日で乾燥させた日本の伝統食品です。

「うめぼし」と読みます。

梅干しにはいくつかの種類があります。

一般的な「通常の梅干し」は、梅の実を塩漬けした後、天日で乾燥させて作られ、「白干し梅」とも呼ばれます。

また、「調味梅干し」は様々な調味料を用いた梅干しで、具体的には以下のようなものがあります

  • しそ梅:赤シソの葉と共に漬けられた梅干し。
  • 鰹梅:鰹節をまぶして作られた梅干し。
  • はちみつ梅:はちみつを加えて甘くした梅干し。
  • 昆布梅:昆布と共に漬けられた梅干し。
  • 黒糖黒酢梅:黒糖と黒酢に漬けられた梅干し。

さらに、「梅漬け」は、梅の実を塩漬けにした後、乾燥させずにそのまま用いるタイプで、硬くカリカリとした食感が特徴です。

梅干しは長い歴史を持ち、多様な形で楽しまれている伝統的な食品です。

梅の起源と歴史

梅の起源とその日本への伝来について詳しく説明します。

梅がいつ日本に伝わったのかは明確にはわかっていませんが、奈良時代(710年〜794年)に遣唐使が中国から未熟な梅の実、「烏梅(うばい)」を持ち帰ったとされています。

烏梅は現在も使用されており、この言葉が日本語の「うめ」の語源になったと言われています。

当時、中国で「むえい」や「めい」と発音されていたこの言葉が、日本では「うめ」として広まり、やがて梅全般を指す言葉として定着しました。

その後、日本各地に梅の木が植えられるようになりました。

梅が文献に初めて登場するのは、751年に編纂された日本最初の漢詩集「懐風藻」です。

その中で葛野王が詠んだ「春日翫鶯梅」という詩により、奈良時代には梅の実が既に食用とされていた可能性が高いとされます。

また、新しい元号「令和」も、万葉集に収められた梅を詠んだ歌から名付けられました。

その歌は「初春の良き月、空気は澄み渡り、梅は鏡の前で粉を振り散らし、蘭は香袋のように香り高い」と詠じられており、春の爽やかさと共に梅の美しさを象徴しています。

梅干しの起源と歴史とは?最初の記録は平安時代?

梅干しの起源とその歴史について、具体的な始まりの時期ははっきりしていませんが、最初の記録は平安時代(794年〜1185年)に遡ります。

948年には、村上天皇(946年〜967年在位)が元気になったとされ、その際に梅干しと昆布を入れたお茶を飲んだことが功を奏したと伝えられています。

この話が梅干しの効果を信じるきっかけとなりました。

さらに、梅干しについて文献で初めて言及されたのも平安時代です。

鎌倉時代(1185年~1333年)末期に編纂された日本最古の料理書「世俗立要集」には「梅干ハ僧家ノ肴也」という記述があります。

これは「梅干しは僧侶たちがおつまみとして使用していた」という意味です。

この記述から、鎌倉時代には既に僧侶たちが梅干しを食べていたことが分かります。

そして、時間が経つにつれて、梅干しは武士の間にも広まり、食べられるようになったと考えられます。

武家の間で「垸飯(おうはん)」と称される特別なもてなしが行われていました。

これは出陣や帰還の際に縁起を担ぐための豪華な料理で、アワビやクラゲ、塩、酢などの食材が梅干しと共に供されていました。

戦国時代には、梅干しの保存性と携帯の容易さから重宝されるようになり、武士たちが携帯することが一般的になりました。

これにより、日本全土で梅の木が広く栽培されるようになりました。

江戸時代に入ると、梅干しは庶民の間でも広く食されるようになり、赤シソで漬けた「しそ梅」や砂糖漬けの「甘露梅」など、様々な漬け方が登場しました。

明治から大正時代にかけては激動の世の中で、梅干しの需要が増加しました。

その結果、全国各地で梅の栽培が盛んに行われるようになりました。

このようにして、梅干しは歴史を通じて日本の食文化に深く根ざしています。

これらのことから、梅干しが古くから日本の食文化の一部として定着していたことが分かります。

昭和から平成、そして令和と時代が進むにつれて、梅干しは日本人の生活に根付いた身近な食品として常に愛され続けてきました。

現代においては、塩分を控えた梅干しや、酸味が苦手な人のためのはちみつを加えた甘い梅干しなど、多様な種類の梅干しが市場に登場しています。

日本以外にも梅干しがある?似たような食べ物について解説

梅干しは日本独自の食品と思われがちですが、似たような食べ物は他国にも存在します。

例えば、中国には「ワームイ」という名前の干し梅があり、これは塩水で漬けた後、シロップで甘く味付けして干されるもので、特に子供たちに人気のおやつです。

また、インドでは「アムチュール」と呼ばれる製品があります。

これはマンゴーを干して粉状にしたもので、「インドの梅干し」とも呼ばれますが、使用される材料や形状が梅干しとは異なります。

アムチュールは料理の調味料として使われ、その酸味が梅干しに似ています。

日本の梅干しは、梅の実を塩漬けにして天日で乾燥させたもので、そのユニークな味わいが国際的に注目されています。

最近では、そのさまざまなメリットが認識され、外国の日本食スーパーでも取り扱われるようになりました。

酸っぱさが苦手な外国人もいるため、はちみつで甘くした梅干しや料理の調味料として使うことで、さらに多くの人に楽しまれています。

梅干しの保存方法

塩分が高い伝統的な手作り梅干しは常温保存が可能ですが、直射日光を避け、湿度の低い冷暗所に保管するのが適しています。

一方で、塩分控えめの手作り梅干しや市販の梅干しは、開封前でも開封後でも冷蔵庫での保存を推奨し、開封後はなるべく早く食べ切ることが望まれます。

7月30日は梅干しの日

7月30日は「梅干しの日」と定められています。

この日は2004年に和歌山県日高郡みなべ町の東農園によって制定されましたが、制定の具体的な目的は明らかにされていません。

この日が選ばれたのは、「梅干しを食べると災いが去る」という古い言い伝えと、「7(なん)30(さる)」という語呂合わせに由来しています。

また、7月30日の卯の刻(午前6時から8時)にその年の恵方(2024年は東北東)に向かって梅干しを食べると、気が高まり精気がみなぎるとも言われています。

恵方は、その年に最も良い方角とされ、幸運や福徳を授けるとされる「歳徳神」が存在する方角です。

まとめ

梅干しは長い間、日本の食文化に愛されてきた伝統的な食品で、時間が経つにつれてさまざまな味の梅干しが登場しています。

塩分控えめや甘い味付けの梅干しも普及しており、日々の食事に健康的に取り入れることができます。

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